女性の主婦願望

●会社もあおってきた主婦人気
「そうはいっても、専業主婦は女性のライフスタイルの原型。そう簡単になくなるものではないでしょう」と思う人もいるかもしれません。しかし実をいえば、専業主婦は、つい最近まで、だれもがなれるわけではありませんでした。こうした存在が多数派を占めたのは、実は戦後の高度成長期からといってよいでしょう。戦後、ホワイトカラーの男性が増えるにつれ、男性が出勤した後を引き受けて、家事を受け持つ専業主婦が増えていきました。この間、女性の主婦願望は高まりました。五○年代までは、男性と同じような仕事を得るために大学に入学した女性が少なくなかったのに、六○年代に入ると「夫をさがしにきた」と堂々と口にする女性も出てきました。背景には、「つかまえておけば一生食いはぐれがない男」である終身雇用型サラリーマンが大量に登場したことがあります。高度成長期には男性の終身雇用が一般的になり、これら大手企業の男性が、その代表格となりました。この人々は、安定した職場と引き換えに、会社に全人的に奉仕し、景気が上向いて人手が足りなくなれば、外からの途中入社をさほど増やさなくてもやっていけるよう残業に耐えなくてはなりませんでした。社員としての位置を守るために、頻繁な異動や、事前予告なしの残業も二つ返事で引き受けられることが、男性会社員のイロハとして求められるようになりました。そのための必須のアイテムが、家事や育児を一手に引き受ける「専業主婦」でした。もし、ここで→出会った相性が合う人と結婚しても仲が悪くなったらここを思い出してください。

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主婦という存在

もちろん、個人が、各人の様々な状況から判断して専業主婦を選ぶこと自体は、「悪い」ことでも「間違った」ことでもないでしょう。「全員が何があっても働かねばならない」と号令する社会があるとしたら、それではまさに戦時中の勤労動員です。ただ、職場の整備の不備や、働く女性から専業主婦の夫に保険料を貢がせたりするような「専業主婦への誘導システム」をそのままにしておいて、「主婦を選んでなぜ悪い」というのは、どうでしょうか。今の主婦年金は、いってみれば、「主婦が自由に主婦であることを選ぶ」ための障壁になっているのです。あなたが「好きで主婦を選んでいるの」といったとします。すると、働いている女性は、「あなたが好きでしていることで、なぜ私たちに年金負担がかかってくるの。負担を求めるなら口も出すわよ」と答えるでしょう。八五年までの専業主婦は、保険料を、家事の提供相手である夫と交渉して家計から出したり、自分が内職したりして払ってきました。ですから、多くの働く女性は、「夫に稼がせるのも女の甲斐性のうちかも」といった受け止め方で、主婦という存在にことさら目くじらを立てたりはしなかったように思います。現行の制度は、夫の負担を軽減した代わりに、主婦の自尊の気風を奪ってしまったともいえるのです。あなたはここで→結婚相談所 選び方 出会った人に対して、自分の理想を演じずに本当の自分をぶっちゃけられますか?

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専業主婦にも「働く女性」が必要

問題の専業主婦の保険料免除は、八五年、男女雇用機会均等法が成立した年に導入されました。それまでは、主婦の七割が夫の給料や自分の内職などから支払っていたのが、突然「払わなくても基礎年金はもらえますよ」ということになったのです。すべての女性に年金を支給することが目的だったのですが、均等法で外で働く女性の数が増え、自分の保険料を自分で払う層が増えることがなければ、専業主婦の夫の負担は軽くなりません。新しい保険料支払い層である働く女性たちが専業主婦の分を分担しなければ、この制度はあまりうまみがないのです。こう考えると、外で働く女性が極端に減って専業主婦が圧倒的な多数派になる、というシナリオは、専業主婦志望者にとっても、必ずしも万々歳とはいえません。また、母子家庭に代表されるような外で働かざるをえない状況の女性は、仮に「専業主婦が当たり前」の社会になってもなくなるわけではありません。専業主婦は永遠に専業主婦というわけではなく、死別や離別で母子家庭になることもあります。また、女性が外で働いて食べていけるという背景があってこそ、夫に自分の要求をきちんとつきつけ、堂々の専業主婦を実現できるのです。「女は外で働かないもの」との前提で、女性へのセクシュアル・ハラスメントや男女の賃金格差がまともに改善されず、どうしても働かざるをえない女性がそのために大変な苦労をする、というこれまでのやり方を続ければ、一見、専業主婦に有利なように見えて、実は、様々な不利な副産物を生み出しかねないわけです。コミュニケーションは非常に重要ですので、これからここで→マッチドットコム口コミ 出会う結婚相手とはコミュニケーションを途切れないよう気を付けましょう。

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人間には変化に対応する知恵と力がある

●「変えたくない」人々が優位を占めたら……
シナリオーは、こうしたあらゆる局面の激変にもかかわらず、既得権益は手渡したくない、変わるのがひたすら怖い、という心理が社会に広がって、変化に見合った器ができない場合を想定しました。人間には、変化に対応していこうとする力や知恵がありますが、同時にこれまでやってきたことへの執着も極めて強い生き物です。疲れているときに、今やっていることはいいことなんだよ、と優しい声でささやいてもらうと、ほっとして、いい気持ちになるものなのです。このように、もし、「ほっとしたい」という気持ちだけが人々の間で優位を占め、変化に耐えられない人々が物事を決める力を持った場合は、制度は基本的には変わらないでしょう。でも、制度は変化した実態に追いつけないのですから、そこに様々な歪みが起きてくることになります。例えば、シナリオーのように、これまで続いてきた男女の関係や企業のあり方を変えない方向に人々が動き、専業主婦が多数派に転じた場合、年金の保険料の支払いはほとんど専業主婦の夫の肩にかかってきます。仮に女性が外に出なければ、現在雇用者の四割を占めるその労働力を、外国人労働者でまかなう、という発想も成り立ちえます。ただ、この人々に社会保険料の支払いを求めるのは、そんなに簡単ではないかもしれません。バブルの時期には、外資系の銀行・証券などの様々な日本の企業に、多数の外国人サラリーマンが働きにきました。このときすでに、厚生年金の保険料を給料から引かれることについて、「そのうち帰国することがわかっていて、年金の恩恵にあずかれない働き手からも徴収するのはおかしい」という声が上がっていたくらいです。原則は、そこに永住する人が自分の分を自力で稼ぎだすことが、安定的といえましょう。まず相手がいないと、何もできないので、ここ→で相手を探してください。

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一度結婚したからといって

その結果、九八年三月の年金審議会では、「収入のないサラリーマンの妻(第三号被保険者)が財源を負担せずに基礎年金の支給を受けていることへの不公平感が強まっており、第三号被保険者制度を見直す必要がある」との答申が出ました。同じ年の十月の審議会で、この改革は先送りになりましたが、専門家が検討会をつくって引き続き話し合うことになりました。九六年に政府から出された民法の改正案は、